脳裏に刻まれた避難所での記憶 【3.11東日本大震災追悼記事】

2017/03/23 (木)

「災害救助犬レイラと村田さん【3.11追悼記事】」を拝見してあの日のことが脳裏によみがえってきました。

このように、この記事にコメントを下さったのは、annyパパさんでした。


レイラの画像を見て、涙しきりです。 組織の力も分かるけれど、いち早く現地に駆け付けることを最優先とするハンドラーとしての英断に敬意を表します。  by annyパパ


すでに、この記事のコメント欄に公開されておりますが、一人でも多くの方に読んでいただきたいと思い、ブログ本文にご本人の了承のもと、転載します。その後に頂いたメールの内容も織り交ぜて、編集しました。


以下青字部分は、annyパパさんのコメントより引用したものです。


震災発生から20分ほど後、着の身着のまま5kmほど内陸の町役場へ妻と車で避難しました。


しばらくするとみんな海のほうを見ながらワイワイ騒いでいます。

水がすぐ下まで押し寄せてきているんです。
海辺に見えるはずの一面の松林は消え去り、風景も一変しています。

”あ、もう○○のあたりは全滅だな~”などと言いながら、みんなヘラヘラ笑っています。


人は想定外の大惨事に直面するとパニックになる前に予防機能が働くのでしょうか?
僕らも他人事のように眺めるばかりです。


無事を知らせようにも、電話は不通。
玄米の薄いおかゆを1本の割りばしで頂きました。(数がないので、1膳ではないのです)

町役場職員は不眠不休で炊き出しや介護にあたっています。
自分の家族や家の無事も確認できないのに!!

3月のみやぎはまだ寒い。

広い体育館で1台の石油ストーブを囲んでいると続々とずぶ濡れの人々がはこばれてきます。

ほとんど意識がないお年寄りに”寝ちゃ、ダメだよ”と呼びかけたり叩いたり???。

そして次々に救急車が来て病院に搬送されるのです。


それが延々と一晩中続くのです。
翌朝には仮ごしらえの死亡届受付所が設置されました。


僕と妻はその後、他県に避難しましたが、福島の浜通りから逃れて、行くあてもなく道の駅で段ボールを敷いて寝泊まりする多くの人々に会いました。

東日本大震災から6年。


マスコミでは復興が取り上げられているけれど、あの未曽有の災害について国民総ぐるみの総括と議論が徹底的になされ、しかるべき対応がとられてきたとは到底思えない。

防潮堤と宅地の嵩上げで津波は防げるのか?
3万5千人の仮設住まいの人たちへの対応は?
福島の帰還困難・居住制限区域の人たちはどうなるのか?
原発の稼働に政府は今後、責任が取れるのか?


確率論で遊んでいる暇はない、と心底思っています。


被災地では生活再建できたか否かや、補償金額の多寡などによる軋轢で人間関係が壊れた例は数え切れません。

また避難先では原発被災の補償金受給者への反発、嫌がらせ、生徒へのいじめなどもありますね。

こうした事柄はマスコミでもあまり取り上げないのです。


僕らよりずっとずっと壮絶な体験をされた方は数え切れないほどいるのに、いつまでも被災者づらして・・・、とひんしゅくを買いそうです。

県外で生活再建してのうのうと暮らしていることの後ろめたさ、恥ずかしさ、申し訳なさをいつも感じています。



~~ここまで引用~~

この最後の部分、「後ろめたさ、恥ずかしさ、申し訳なさをいつも感じています。」が、被害に遭われた方々の精神的な苦痛なのかと、 改めて思い知らされました。普通に何事もなく、平凡に暮らしている人なら、決して味わうことのない感情だと。


さて、annyパパさんは、次のようにも指摘されています。


GSをテーマにしたブログの趣旨からいえば、このような災害救助犬、警察犬、盲導犬、麻薬探知犬などのハーディング的な使役犬にもっと社会の目が向けられ、共存する社会をつくることが彼らにとって幸せな暮らしにつながるのではないか、と思うのです。


ジャーマンシェパードのジャンルにエントリーされている方の中には、実際に災害救助犬や警察犬の育成に携わっていらっしゃる方もいらっしゃいますね。皆様のご活躍に、改めてエールを送りたいと思います。






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二十回目の月命日

2017/03/21 (火)
ジェシカがお空にお引越しして、20回目の月命日を迎えました。


CIMG0669blogEJ.jpg

  ジェシカ、フカフカ芝生の上で、楽しくボールで遊んでいるよwww!   by ジェシカ


2015年6月14日撮影。
当時は気づかなかったけど、頬骨がずいぶんクッキリと浮き出てしまっていたのね。
下半身が痩せてきて、歯止めが止まらなくなって来たことに、危機感は感じていたのだけれど。

3月のお花は春色チューリップとスイトピー。


CIMG9606blog.jpg


今朝は、遠くでウグイスも鳴いていたよ。
ジェシカ地方にしては、早いよね。


さて、本日のジェシカの日常写真。
寝顔編。


画像sd4 569blog


こんな風に、うつぶせになって、前脚開いて、顔を横向きにしている寝姿。
これ、ジェシカんちでしかやったことなかったでした。
実家でも、絶対にやらなかったんだよね。

しかも、カメラ向けると、起きちゃうんです。
明るいところでもやらない。
爆睡する、なんてこと、なかったかな。


へそ天も、仔犬の頃はやってましたが、訓練所での預託訓練後は、一度もしませんでした。


画像sd4 573


だから、このポーズ、やっと撮れた数枚なんです。
暗くて、写り悪いんですけどね。2011年1月6日撮影。
口が開いているんだ。。。



画像sd4 574blog


この時は、目は閉じていた様ね。
たまに、白目をむいて、寝ている時もありました。

そういえば、パピーの頃は、黒目が出てても、寝ている時、ありましたよwww.


レディーの寝顔、写真に撮って、公開までして、

   ひどいじゃないよww      by ジェシカ 



今でも、何気ない一つ一つのしぐさまでもが、とても愛おしいmamaです。





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災害救助犬レイラと村田さん【3.11追悼記事】

2017/03/19 (日)
3.11東日本大震災追悼記事として、災害救助犬レイラの事を、紹介します。


2011年3月11日、大震災の翌日に、災害救助犬レイラとハンドラーの村田忍さんは、ボランティアとして現地入りし、自衛隊と共に岩手や宮城で生存者の捜索を続けました。 彼女がフリーの身で活動をしているのは、組織のしがらみに拘束されることなく、被災地に入るタイミングを早くするためです。初期出動が早ければ、人を救える可能性も高くなるのです。

村田さんは言います。

「今回も警察犬などは、3月11日から数日後に現地に入った。あれでは遅い。翌日に入った私でさえ、生存者を見つけることができなかった。引き波が終わって、数時間以内に行くことができていたなら、助かった人はいたはず」


レイラ捜索活動


記事、写真引用元: DIAMOND Online
2011.10.18 
嗅覚を失うまで行方不明者を捜し続けた“小さな勇者”
災害救助犬が被災地で見た「とり残された弱者」の悲哀
――災害救助犬調教師・村田忍氏と救助犬・レイラのケース
吉田典史:ジャーナリスト



それにしても、当時は道路が寸断され、物資輸送もままならぬ時。なぜ村田さんは、迅速な対応ができたのでしょう。
それは、災害救助犬を育てる村田さんが、岩手県の金ヶ崎町にご自宅があったからです。


~~ここから引用~~

(震災当日の)3月11日、知り合いの消防団員が村田さんの携帯電話を鳴らした。「一緒に沿岸へ来てもらえませんか」。翌12日の夜明け頃、大船渡市の海岸に着くと、陰惨な光景に言葉を失った。

岸壁も、船が並ぶ港も見あたらない。時折、強い余震が突き上げる中、「何とか無事な人がいてほしい」と祈り、レイラに「サーチ(探せ)」の指示を出した。

 がれきの中に入っていったレイラは5分ほどして立ち止まり、悲しそうな目でこちらを見つめた。がれきの下に女性の遺体があった。

 「よく見つけたね、ありがとう」。村田さんの低い声に、あまり喜んでいないことをレイラは感じたようだった。

 人間の1000倍といわれる鋭敏な犬の嗅覚は、強烈な刺激臭で損なわれやすい。警察犬などは15分ほどで集中力が切れるとされる。しかし、責任感の強いレイラは生存者を見つけるまで諦めようとせず、何時間も歩き続けた。負担の重さを考えると、これがレイラの最後の仕事になると村田さんは覚悟した。

引用元: 2012年1月6日 読売新聞 宇田川宗
この記事を掲載していたのは、毎日日記
転載する旨、連絡しましたが、返信有りませんでした。今は、アクティブではないブログの様です。オリジナルの読売新聞の記事を探しましたが、見つけられませんでした。

さて、3月下旬に、村田さんは単身で、福島県の南相馬市に入りました。放射能汚染の立ち入り禁止区域に残された家畜やペットを救出するためでした。その後、半年以上に渡り、岩手の自宅から通い続け、ご自身のツイッターで情報発信されています。

~~ここから引用~~

3月下旬、20キロ圏内の境界線に警官が立ち、そこから進めないようにしていた。住民はその前で列になり、双眼鏡で数百メートル先の家の付近を見ていた。

「ああ、うちのじいっちゃんの遺体をカラスがつっつき、食っている。遺体を引き取りに行きたい」

 警官は制止する。村田さんはその警官たちを見ると、あることに気がついた。そのほとんどが、関西の警察から応援に来た若手だった。

「住民と接するところには、福島県警の警官がいない。住民は、警官に知り合いがいる。県警本部はそれを意識し、この地に縁がない関西の警察官を配置したのではないか」

 村田さんは繰り返す。

「カラスに食いちぎられるなんて、人の尊厳を踏みにじられている」

 他の禁止区域を回ると、パトカーの中には40~50代の警官がいて、30代前半までくらいの若い警官が警備に当たっている光景が目につくという。

 ある日、警察や自衛隊が昼過ぎに一斉にいなくなった。普段は夕方まではいる。村田さんは「何かが起きた」と咄嗟に感じた。数日後、新聞が原発にさらなる爆発の可能性があったことを報じた。

 
「こんなことが、もう4回も起きている。自衛隊や警察は、危険を察知するといち早く避難する。その情報を、地元の消防団員やここに残る住民に伝えない。住民は自衛隊や警察だけでなく、政治も信用していない」


「ここでは立場が強い者が身を守り、弱い者が死の恐怖を味わわされる。亡くなった人、それを助けに行くこともできない家族、若い警官、消防団員、そして動物」


引用元: 前出 DIAMOND Online の吉田さんの記事

吉田さんの記事は、とても長いです。かいつまんで、紹介しました。ご一読をおススメします。

レイラの事は、すでに本も出版されているので、ご存知の方も多いかもしれませんね。


大地震と大津波と言う自然の驚異。原発事故災害と言う人災。事故の悲惨さは、年月と共に忘れ去られ風化していきます。
今一度、現場レスキューに奔走した生き証人の言葉を胸に刻みたいと思います。






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アニーパパさんからのメッセージ

2017/03/14 (火)
前記事に対し、アニーパパさんからメッセージが寄せられました。
ご本人の承諾のもと、紹介します。

ジェシカのブログ震災追悼記事でアニーの投稿を取り上げていただき
ありがとうございます。

この時期になるとメディアでは震災の話題でもちきりですね。
原発問題を含め国民規模での徹底的な総括などされていないままに、
被災地の復興や被災者のその後などを追うだけの報道に終始している
ように思えるのです。 
こうして風化していくのか、とのむなしさを感じてしまうのです。

アニーにまつわる回想を通じてご覧いただいた皆さんが震災に思いを
致していただければ嬉しいです。

by アニーパパ



当たり前の暮らしをつつがなく送れることが、どれだけ素晴らしいことなのか。
6年前の記憶を、風化させてしまってはならないのですよね。

2011年大震災発生の翌日。大津波の被害状況が次々とTV映像で報道されるのに驚愕し、気仙沼の火の海に絶句し、翌朝ヘリでの救出映像に、くぎ付けとなっていたころ。


福島原発は、とんでもないことになっていたとこを、後から知ることになりました。
かく言うジェシカ家。その後に続いた福島原発事故に直撃されました。
にもかかわらず、この6年で、記憶はかな~~り風化してましたワン。 
反省すべし。


2014年、ブログを書き始めて、初めての追悼年を迎えました。
それで、記憶を振り返りつつ、記事を書き始めたのでした。

過去記事です。
福島原発1号機爆発から3年  2014年03月12日(水) 


改めて読み直してみて、そういえば、情報が伝えられない事実、6年前と何ら変わってないことに、愕然としました。


そして。。。


次の事態へと恐怖は進行します。
その時の事を書いた、過去記事です。 ↓

高濃度放射能が降り注いだ日  2014年03月15日(土)  

放射能災害に備えて【ペット防災講座6】  2014年03月17日(月)



津波被害からの復興や被害者の報道はあっても、後に続いた人災である原発事故の反省や検証は、もうほとんどTVの話題にもなっていないんですね。怖いことです。
エネルギー供給という、経済優先の政治的な意図が絡んでいるからでしょうか。


さて、こんな中、災害救助犬レイラのことを知りました。
レイラは、災害救助犬として被災者の捜索に当るため、震災から2日後の13日には現地入りしていたとか。

ジェシカのブログでも、レイラの事を取り上げようと思います。




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津波のお迎えで旅立ったGシェパ・アニーちゃん【3.11東日本大震災追悼記事】

2017/03/11 (土)
お庭でくつろぐGシェパ。

20080812-013アニー


「ジェシカがアニーとそっくりなんですよ。」  by アニーパパ  


昨年の11月に、こんなメッセージが寄せられました。それが、アニーパパさんでした。
2008年8月12日撮影。この写真、ホント言われなければ、ジェシカと見まがうほどです。

「ジェシカのブログを拝見しながらこんなこともあったな~、といろいろ思い出されます。
生き生きとした姿が写真に残っているというのは、いいですね。


僕たちは2011年の津波で、娘同然のアニー(12歳のGS)と宮城の海辺の終の棲家を失いました。」


お話の内容に、胸が詰まりました。


ジェシカのブログは、最愛の我が仔を亡くしたシェパ親さんによって励まされ、書き続けているブログです。アニーちゃんの事、3.11東日本大震災追悼記事として紹介してよいかと尋ねてみました。


「ジェシカのブログで取り上げていただき、皆さんと想いを共有できれば嬉しく存じます。
すべて流されてしまい、後日家族や友人から寄せ集めた写真で生活の記録を再現しているような状態です。思い出が消え去ることはないけれど、御覧に入れる画像・映像すら無い、ということは残念です。」

by アニーパパ


こうして、冒頭の写真を含め、5枚の写真をこのブログのために送っていただきました。

海の巨大波を迎えによこし、自宅ごとお空にお引っ越したGシェパのお話です。



以下、青字の部分は、アニーパパさんからのメッセージをそのまま引用しています。


僕たちは2011年の津波で、娘同然のアニー(12歳のGS)と宮城の海辺の終の棲家を失いました。

股関節形成不全により寝たきりで首を上げることもできず、日に幾度もの体位交換にもかかわらず床ずれがひどく、日々弱っていく毎日。力が入れられないために排便もままならず、指で掻き出したりする日々です。

もう今月はムリかな、と妻と最期をみとる覚悟を決めていた矢先のあの地震です!

宮城の3月は寒いです。
外が好きなアニーはデッキで毛布にくるんで日光浴させるのが日課でした。


津波警報が出たとき、30kgの本人を即座に抱えて逃げるわけにもゆかず、「どうせたいしたことはない、すぐ帰ってくるからね」と言い聞かせて車に飛び乗ったのが最後でした。あれほどの大津波など、誰一人予想もしなかったんです。
十数メートルの津波の直撃で渚から300mのわが家は一瞬で全壊流失。
後日訪れた現地にはアニーはもちろん、瓦礫すらも残っていません。


遅くなりましたが見つかった数枚の写真を送らせていただきます。毛布を掛けて横たわっている写真は震災のあの日、津波から逃げる直前の14:54に、たまたま持っていたカメラで僕が撮ったものです。
外が好きなので、日課である毛布を掛けての外気浴中でした。



20110311-002アニー


地震発生は14:46ですが、住んでいた宮城県南部への津波到達はその20分ほど後だったように思います。


僕らはその後すぐに千葉に移り住んで自力再建できたけれど、あの時を悔いる毎日です。
九十九里浜に住んで5年半。キャンピングカーで全国を回っていますが、アニーと一緒に回れたらな~、といつも思っています。


広い砂浜をおもいきり走り回った楽しい思い出とともに、眠っているのだと思っています。
砂浜を駆け回っている写真など、今はないのでどれも同じような写真です。 
宮城の家の庭です。


20080813-005アニー


さて、アニー(sheva von Yokohama Shigeri:1999.9.15~2011.3.11)は12歳6か月の命でした。


パートナーとして暮らすことを前提に、横浜の警察犬訓練所で穏やかな性格の母親からの誕生を待って我が家にやってきました。
基本的なしつけを含め、朝から晩まで、ほとんど僕が世話をして育てました。

「男性は我が子とこんな接し方をほとんどしないから、あなたにとって初めての経験=まさに我が子なんでしょうね」と妻によく言われたものです。


外飼いのアニーは庭から家族の暮らしを見て、上下関係をちゃんと理解しているんです。
もちろん僕がNo.1。 No.2が妻で以下息子や娘・・・という具合です。
おもしろいのは、僕の高齢の母に対しては一目置いていることです。
ご飯や散歩をさせてくれるわけでもないけれど、家族の長老であることを日頃の立ち居振る舞いから察知しているんですね。実に賢い犬種だと感心したものです。


CIMG1230.jpg

この写真は横須賀に住んでいるときの散歩コースの住宅地です。

横須賀に住んでいた時、散歩をしていると米軍基地のアメリカ人から“Hey,good boy!”と可愛がられたものです。欧米では人気のある犬種のようですね。(女の子でも、boyなんですね)

誰にでもフレンドリーだけれど、その筋の人たちに対しては本領発揮です!
○○組の葬儀会場の前を通りがかった時は、傍若無人に居並ぶ黒服が一斉に道を譲ったのは痛快でした。
職業柄、警察犬に追いかけられたことでもあるのでしょうか。(笑)


CIMG1939.jpg


そんなアニーも10歳ごろから股関節形成不全の障害が発症し、徐々に歩けなくなってきました。

車椅子の装着を嫌うので、しばらくは後足にはいたブーツを引きずって歩いていましたが一日でボロボロです。
そうこうするうち、寝たきりになり日に幾度体位交換しても床ずれに悩まされました。


余談ですが、僕ら夫婦はどちらが先立っても二人一緒に散骨するよう家族に頼んでいます。
その折、アニーの遺骨も一緒に撒いてもらうつもりで、きれいな骨壺を探しておりました。
震災はその年の3月でした。


いま彼女はいつも僕らを空から見守り、駆け回った砂浜や林の中をいつでも自由に跳び歩いていると思います。

アニーのおかげで満ち足りた年月を過ごすことができました。
写真はわずかしか残っていないけれど、今も家族一人一人の胸に消えることなく残っています。

by アニーパパ



掲載内容に関しては、ご本人の確認を取っております。

アニーパパさんへのコメントは、このコメント欄に直接アニーパパさん宛、ご記入いただければと存じます。
コメント欄は許可制にはしておりませんので、どなたでも書き込み可能です。
ただし、記事とは直接関係ないもの、また内容的に不適切と判断したものは、管理人において削除いたしますこと、ご了解ください。





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プロフィール

ジェシカのmama

Author:ジェシカのmama
旅ワンコ・ジェシカと一緒に北海道から九州までの車旅を楽しんできた記録です。
2015年7月21日、12歳の誕生日を目前に、ジェシカはお星様になりました。でも、ジェシカと共に過ごした楽しい思い出は、綴っていきます。
この旅ログの最終章が、ジェシカ一人の旅立ち前、壮絶介護の記録の予定です。

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